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 出産報告
2009年04月14日 (火) | 編集 |
大変遅くなってしまいましたが、出産のご報告です。
3月17日午後8時58分、41W4Dで身長49cm・体重3284gの女の子を無事出産しました。
(予定日は3月6日。)
お産は、病院の先生、助産師の皆さんに「大変だったね~」と言われる難産でした。

15日早朝に高位破水(前期破水)と出血(おしるし?)が。
それで、痛みがほとんどないまま、予定より1日早い入院となりました。
破水するも微量のため様子をみましたが、その日は変化がなく、翌日から促進剤を使用。
2日目に促進剤で陣痛が3分間隔にまでなったものの、子宮口が3センチしか開かず翌日に仕切りなおし。
入院3日目は、陣痛はスムーズにやってくるも子宮口が5センチで夕方まで足踏みしてしまい…。
緊急帝王切開になるかどうかというところでしたが、「経膣分娩で」との決断が下され、記憶がおぼろげですが、おそらく人工破膜をされて一気に分娩につながったのだと思います。
母子手帳に記された分娩時間は19時間弱(定期的で徐々に強くなる陣痛が続いた時間ということらしいです)。
陣痛に苦しんだ2日間でした。

また、出産後の後産でも、胎盤の一部がなかなか娩出せず、時間がかかりました。
出産して、私への処置が全て終わるまで約2時間。
先生の手を中へ入れて胎盤を外へ出すということで、局所麻酔も追加されました。
多量の出血があり、先生の横で助産師さんが「分娩から○分経過」と読み上げてるのを耳にしながらの数十分。
無事、胎盤が全て出たとわかった時、心底ホッとしました。
通常の出産での出血量は500~600mlだそうですが、私の場合は1500mlだったそう。
出血による貧血状態のため、産後3日目まではほとんど動けず、トイレに行くにも付き添い必須&車椅子という状態でした。
母子同室が原則の病院ですが、体力回復が先とのことでゆっくりと貧血になった体をいたわる時間がとられ、数日の間は赤ちゃんとは授乳時のみ一緒で少し寂しい思いもしました。
そんな状態のため、本来産後7日で退院のところ、さらに5日ほど延期。
でも、いろんな先生、助産師さんに助けられ、いいお産をすることができました。

自分が望んで望んでやっと叶った妊娠。
だからこそ、立派に出産をやりとげよう、みっともない姿は見せたくない…な~んて思っていたのですが、陣痛は予想をはるかに上回る痛みで、恥ずかしながら叫びまくってしまったほど(滝汗)。
だんなに立ち会ってもらったのですが、産まれたらだんなも私もきっと号泣するだろうと思っていたんですね。
でも、2人とも陣痛の辛さに涙を流したのに、実際に産まれてみたら「終わった…」という安堵感で涙はありませんでした。
涙もろい私が泣かなかったことに自分でビックリ!
うまく言えないのですが、爽快感のようなものがあったように思います。
ちなみに、私が娘にかけた第一声はというと…「ようこそ~♪」でした(なんか間が抜けてますね…すみません…。先生も助産師さんもウケてました)。
助産師さんから、「大変だったでしょうけど、夫婦で乗り越えた素敵ないいお産でしたね。」と言われたのがとても嬉しかったのを覚えています。

振り返ると、美しい出産なんてものからは程遠い、かなりみっともない出産でしたが、それが私の精一杯。
娘を授かりましたが、授かったというよりも、なんだか命を預かったという印象です。
当たり前ですが、とても責任を感じています。
年はいってても(汗)、まだまだ人として未熟な私。
それでも、出来る限り、心を尽くしてこの子を守り育てていきたい…そう思っています。
(あ、でも、子供の負担にならないようにですけどね。)


長くなりましたが、この記事でブログの更新はラストとなります。
今まで読んでくださった方、ありがとうございました。
現在治療中の方たち皆さんに、笑顔と幸せが訪れますように、心から願っています。


らぶりーな





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